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年明けのブログに,蚕の糸に導かれて着物タンスの奥へ時空を超える旅に出ている話を書いた。目下まだ旅の途中にあり,先日は持っている紬の着物が,何とあの山菜のぜんまいの繊維を絹に混ぜた「ぜんまい紬」という新潟県十日町の織物であることを知った。そこで早速,東京出張の足で上越新幹線に乗り十日町に向かったのである。

まずは十日町市博物館を訪問し,昔からの興味の対象である縄文式土器の展示を見学した。主に信濃川流域で出土するという火焔型土器の模様は,私にはぜんまいにしか見えなかった。火焔型土器は,植物のぜんまいを模したものに違いないと確信した。それにしても1万年以上も前の縄文時代の人々が,なぜこのような熱量で,装飾的な模様を日常的に使う土器に刻み続けたのだろうか?

*一番右は国宝です。

実は私がタンスの奥の着物に魅かれた理由は,考えて見ればその模様にあった。桜,梅,紅葉,葵などの植物の他に,青海波,観世水,月などの自然,鳳凰や龍のような空想の生き物,宝づくしの柄の打ち出の小槌や隠れ蓑などの空想の道具,源氏香を抽象化した模様,なぜ人類はこのような模様を思いつき,それを描き,身につけてきたのかということに尽きない興味があった。

着物の色使いや模様の描き方を見れば,いつの時代に作られたものかがわかる部分があるが,例えばダマスク模様のような洋風の模様や,ヴェルサイユ宮殿の壁紙にあるような模様も,よく見ると正倉院の宝物や織物の模様に似ていたりして,いったい「和風」とは何のことを言うのかが分からなくなってしまう。洋風,アジア風,または近代的,現代的,古典的の境界は極めて曖昧で,根底の部分ではつながっているように思えてくる。最近電子基板の柄の帯を見かけたが,基板そのものが縦糸と横糸の組み合わせで成立する織物の形状に似ている。そういえばコンピューターの原理も,縦糸と横糸からなる織物にヒントを得ているという話も聞いたことがある。

*織物展示コーナーのパソコンで作成したオリジナル「明石ちぢみ」。思ったより地味でした。

今の私たちの生活に一番身近な模様は,パソコンやスマートフォン上の「アイコン」だろう。これはまさに現代の紋である。紋といえば,法務省には「五三の桐」という植物の紋があり,検察事務官はこのバッジを着けている。裁判官のバッジは「八咫の鏡」である。現代社会で働く私達も,このような古典的な模様とともに生きている。このように,なぜ人間が模様を必要とするのかは,私にとって興味の尽きない謎であったが,まさにこの謎をテーマにした映画が「フィシスの波文」(監督・撮影・編集:茂木綾子)である。

息をのむような映像美,太古の感覚が耳鳴りのように遠くから聞こえてくるような本能に訴えかける音楽,日常の中にある美をとらえて形にするために真摯に生きる唐長の千田ご夫妻をはじめとする人々の姿,これらが見たすべての人の心に波文を残し,その波文が静かにいつまでも広がってゆくことは間違いないと思う。

人は模様を見るとき,そこから文字のようにただ意味を認識するのではなく,原始的な本能に訴えかける深いイメージと感覚を得る。そして,自分が何か大きな世界の一部であることを感じ,守られているような安心感と心地よい感覚を得る。この映画を見て,模様とは,人類に共通の宇宙への小さな窓なのではないかと思った。

小さな映画館で始まったこの映画が,場所を変え,あるいは形を変えて,永遠に波文となって私達の世界に広がってゆくこと,それがこの世界の人々に恩恵をもたらすことを願いながら映画館を出た。

*右がぜんまい紬。

 左は唐長の「南蛮七宝」の柄であることを知って心躍った私の羽織

追記:プロデューサーの河合早苗さんと国立民族学博物館名誉教授の大塚和義先生との上映後のトークもまた,終わりなき波文を広げる内容でした。もっとお話しを聞きたかったので,ぜひ民博での上映と講演を実現してください。

[ 2024.01.02 ]

ChatGPTと蚕の夢

新春が地震とともに訪れた。救出を待っておられる方々が少しでも早く発見されること,被害が少しでも軽く,少しでも早く回復されることを心から願う。また,この厳寒の中,インフラが早く再開されること,救出活動に当たられる方々の安全を心から願う。

ところで昨年の春は,ChatGPTのちょっとした悪夢から始まった。

ちょうど実家の納戸の片づけをしていた際,おそらくは40年~50年もの長い年月,納戸の奥の箪笥の中で眠り続けていた着物を発見した。その中に,私の寸法と思われる仕付け糸のついた着物もひっそりと眠っていた。見慣れない色とりどりの紐や,枕状,板状の小物,木綿の下着と思われる物や,縫い繋いでカスタマイズされたものとみられるタオル類が発見された。恐る恐る着物を広げてみたが,まず全部広げるだけのスペースが見当たらない。ベッドを利用して何とか広げてみたものの,次はたたみ方が分からない。しかし,鮮やかな絹の色と職人の手仕事の刺繍や染めの花々,何の造形かは不明だが,おそらくは何等かの祈りや願いがこめられたを思われる自然由来のデフォルメされた柄(後に「麻葉」の柄と判明)が妙に脳裏に焼き付いた。何とか折り跡にしたがって,かつyoutubeで検索しながら着物をたたみ,箪笥を離れた。

その後,なぜか絹糸と蚕のことが気になり,絹糸がどうやって作られるのか,着物一枚に繭がいくつ使われているのかを調べてみた。なんと,蚕は成長の過程で繭を作り,やがては繭を破って成虫になるはずが,その前に繭ごとゆでて絹糸が取り出されていることが分かった。蚕の吐く糸はどこまでも一本につながっているので,繭一つからは1本の糸が容易に取り出せる。もしも蚕が繭を破ってしまったら,糸は一本ではなくなり節目の継ができてしまい,滑らかな光沢は得られない。つまり,絹糸は殺生により成り立っている繊維だったのだ。美しさと,おそらくは加工の容易さのために!着物とは何と業の深いものであろうか…。沼と言われるのも蚕の怨念ではなかろうか。もっと調べていくと,蚕は繭を破っても飛び立ち生を謳歌することはできず,移動も困難で,口はあっても食べることができず,栄養を取れないため自力で生きられない。そのような種に,人間によって長い長い年月をかけて改良されてきたことを知った。着物とは何と業の深いものであろうか。

その夜,変な夢を見た。その世界では,進化したChatGPTが,人間という動物の利用価値の高さに注目していた。複雑に動く関節,器用な手先,勤勉に作業を続け成果を実現する脳と肉体,美しい髪,肌,目,これらを全て機能と割り切り,改良し,掛け合わせ,効率化して利用される世界があった。まるで人間が蚕にしてきたことのように…。あまりに寝覚めが悪かったので,誰かに話さずにはいられず,翌日早速知人に話したところ,「それすでにスピルバーグが映画化してますよ,「AI」ってやつ。」と教えてもらった。早速見たが,なるほど似た世界があった。想像よりはグロテスクではなくほっとしたが。もしかしたらスピルバーグは,あえて表現を抑えたのかもしれない。

翻って着物に戻ると,現在は蚕の命を奪わないワイルド・シルク,サステナブル・シルクというものも生産されているようだ。インド・シルク等と呼ばれている,節のある,それが味わいのあるシルクもその一つのようだ。この点はもっと勉強する必要がある。ただ,眠っている着物をいわば放置することが忍ばれず,私は箪笥に戻ることになった。あの小物類が何であるのか?どうやって使うのか?1本の長い帯がどうやってお太鼓の形になっているのか?背中についている紋にはどのような意味があるのか?色々調べてみた。それぞれの着物には,包装の和紙(後に「たとう紙」と呼ぶことを知る。)に手書きで名前が書かれていた。すでに他界された呉服屋さんの奥さんの字で,それが着物の種類,季節,技法を知るヒントになった。その後約1年かけて探求し,だいぶ着物のこと,着物を取り巻く状況のことが分かってきた。

思えばこれまでも着物との接点がなかったわけではない。高度経済成長後,手が届くようになった着物を国民が道具として集めだした昭和時代,母も親戚も行事の度に着物を着ていた。その後弁護士になり,強引な商法の被害者の問題が報道される中で,信販会社から依頼を受けて債権回収をしたこともあった。着物の購入が原因の消費者破産事件も多数目にした。その後,強引な商法も批判されて少なくなり,世の中はスピードアップし,衣服はカジュアル化し,日本の経済状況も悪化し,可処分所得は少なくなっていった。着物は着る工芸品として,人よっては苦い思い出とともに箪笥の奥にしまい込まれる運命をたどった。着物の歴史は,戦後日本の歴史を反映している。

そして現在,着物を取り巻く状況は次のフェーズに入っていると思う。着物が一般に普及し始めた頃,いろいろ難しいルールが広まって行った。まるで垣根が低いと値打ちがないかのように。そして着物警察なるものまで登場するようになり,これを利用して販売した呉服店もあったのではないか。しかし,難しくなければ値打ちがない,という時代は終わっていった。学問の世界も同様である。今やchatGPTを有効活用して課題を作成する時代に突入したからだ。そんな中,箪笥の中の眠れる着物はリユース着物として流通するようになり,難しいルールも風化しはじめ,やっと着物が呪縛から解かれてゆく空気を感じる。しかし,長すぎた時間の流れの中で,職人は高齢化し,後継ぎがおらず廃業が相次ぎ,コロナ禍が拍車をかけた結果,技術の承継が困難になってゆく状況がある。

さて,ではどうすればいいのか?ここからが今年の課題である。着物は,何よりも着用が難しい。美しく着ることはもっと難しい。動くと崩れる衣服等,洋服では考えられない。どんなに流通をシンプルにしても,そもそも製作に手間がかかり,高い技術が使われる以上高額にならざるを得ない。しかし今は,かつて10万円~数十万円した家具も安価に購入できる。他方で,職人に対しては,その高い技術にもかかわらず,見合った対価が支払われていないのではないか?そのため承継者が現れないのではないか?このことはアニメーター等他の分野の職人・アーティストにも言えることだが,着物についてはそもそも活躍の場・発表の晴れの場自体が狭まっているため,やりがいを見出すことも困難な状況がある。このように,すぐに思いつくだけでも色々な課題がある。

とりあえず実践できることからということで,昨年は自分で着物を着用できるようになった。他の課題についてはこれからである。まずは身近な法曹関係の友人・知人に話をする中で,最近母の着物を着るようになった,メルカリでリユースを購入しているという話を聞くようになってきた。そこで今年は,法曹界の仲間達と着物に関する知識を深め,その問題点を研究し,職人の労働環境改善と後継者育成についても議論できるような着物沼研究会を発足させたいなと密かに思っている。「やっぱり沼なんかい?!」と言われそうではあるが,無尽蔵に好奇心を刺激するという意味では,やはり着物は沼なのである。

着物とChatGPT,まるで無関係なようでつながる世界,私達がこの先人間的に生きるにはどうすべきなのかということを考えながら,蚕の導くその先に向かって進む2024年の幕開けである。

弁護士の仕事は多角化しつつあるが,紛争防止と紛争解決が中心を占めている。

紛争防止の中には,防止のための組織内の仕組み造りまでを含み,紛争解決は,訴訟に至るまでの交渉が中心を占める。

紛争解決に向けた着手は早いほど選択肢は多く,損害も小さく抑えることができる。

これは病気に対する治療にも通ずると思う。

今,国際紛争の波が私達の日常にも押し寄せ,防衛力の増強が議論されている。

テクノロジーの進化とともに武器・兵器は進化し,ドローンが軍事目的やテロ目的で利用された場合,容易に私達の日常は破壊されてしまう。

他方で,当然のことながら,停戦・平和に向けた話し合いや外交交渉の必要性が強調される。

では,どのような交渉をすればいいのか?交渉手段は兵器のように進化しているのか?という疑問が常に頭をもたげるのである。

兵器が進化するのは,そこに金銭が伴うからである。話し合いは高額な取引の対象とならない。よって,進化させるのは容易ではない。

話し合いをもっと進化させるにはどうすればよいのだろう?

ここは紛争解決の基本に立ち返って考えてみる。

話し合いによる解決には地道が作業が伴う。

まずはなぜ紛争が発生したのかの原因を発見しなければならない。

うわべではなく,当事者をここまで怒らせた本当の原因は何か,問題を複雑化させてしまった要因は何かを探らなければならない。

そのためには,まずは関係資料を読む。

最近はメールやラインのやり取りを読む。できれば表現からにじむ行間の思いまで読みたいと思う。

次にその人と実際に会ってみる。

その話しぶり,考え方から,何か紛争の原因や解決のヒントが見いだせることがある。

関係者の証言から,その人の性格や生い立ち,家族環境,生活環境がヒントになることもある。

そして,まずは紛争当事者の目から見た考え方を知る必要があると思う。

これが会社間の紛争であったとしても,背景には人の問題が潜んでいることが多い。

結局は組織といっても人の集合体なのだ。

これを国際紛争に置き換えた時に,どのように応用できるのか?

話し合いを進化させるには,多方面のプロフェッショナルで構成された専門家会議が必要になるだろう。まさに感染症対策と同じだ。

国際政治,外交の専門家はもちろんのこと,その国の文化や国民・民族としての考え方を知る人の知恵が必要になるだろう。

政治家だけではなく,民間のグローバル企業の舵取りのプロフェッショナルである経営者の知恵も必要だと思う。

国際商事仲裁や国内の紛争解決に携わって来た法曹関係者も役に立てると思う。

そんな専門家によるアドバイザリー・ボードを知恵袋として,話し合いを進化させていくのはどうなんだろう?

そんなことを考えない日はないのである。

[ 2023.01.03 ]

口福のお正月

毎年,お正月の準備は時間との闘いになる。3日間ゆっくり過ごすために,買い物をぬかりなく済ませなければならない。

近所のライフは3が日はお休みで,駅前の阪急オアシスも3日からしか開けてくれない。

それ以上遠くに出かける気にはならないので,買い忘れがないよう真剣勝負になる。

昨年は,1日早めに仕事収めをした関係で,少し心にゆとりがあったため,梅田のデパ地下をはしごすることにした。

凄まじい人出にうろたえながらも,ほしかったものが色々と買えたが,なぜか一つづつ消してゆくはずの携帯の年末買い物メモは全く減らない。どうやら食品売り場を満喫しすぎて,必要なものが買えていなかったようである。

そんな段取りの悪さを発揮しながらも,何とか新年の買物をを終えることができた。

1日から卵の賞味期限が切れていたことを発見するというアクシデントもあったが,おかげで駅前のダイエーさんが1日から営業していることを知った。なんてありがたいのだろう!ダイエーさんだけさんづけしてしまう。

 

そんなこんなで3が日が終わろうとしているが,今年もおかげさまでおいしい食品にいろいろ出会うことができた。

とりわけ感動したのは,大阪中央卸売市場井内水産さんの明石鯛を使った「魚まち」さんの祝い鯛!

これは焼き鯛ながら,お刺身を感じさせるフレッシュさがあり,全くパサつきのない白身のみずみずしさが鮮烈な印象を残してくれた。

広島産生食用のカキは,贅沢ながらカキオコ(カキ入りお好み焼き)にたっぷり使わせていただいた。

3時のおやつにいただいたのは,「PARIS-h」さんのパン。

あまりの人気店のため,最近はここぞというときにしか買えないため今回も予約したが,噛みしめれば噛みしめるほど味わいが深く,良質な素材を惜しみなく使っておられることがよくわかる。

シェフはパティシエのご出身だとお聞きしており,焼き菓子も美味しいし,菓子パンも果物やナッツ等,素材へのリスペクトと独創性を毎回感じるが,一押しはあえてレーズンの食パンである。シェフの実力がじわじわと伝わる唯一無二の食パンである。

夕食の後のデザートは,やはり予約して手に入れたPatisserie 「Philo &Co.」のタルトタタン。

何と年末年始も営業しておられて,新鮮な美しいスイーツをお正月からいただくことができる。

タルトタタンは深い甘さの中にリンゴの酸味も感じられ,焼き色の美しさにも感動した。

いつも頑張っておられるシェフと若いスタッフの皆さんに頭が下がる。

こんな買物ができるのもお正月ならでは。それぞれのお店の気合いの入った作品を新年から味わうことで,作り手の心とエネルギーをいただくことができた。まさに,作品は人であると思う。

 

以上,美味しすぎて,一枚も写真を撮るのを忘れて食べてしまったお正月であった。

今年もたくさんの方々にお会いし,その心意気を感じられる一年にしたいと思う。

困難な時代だが,共にエネルギーを交換し合いながら,少しでもよい日常,よい世界になるよう微力を注ぎたいと思う。

本年,皆様により多くの,いろいろな形の幸福が訪れることを,心より祈念します。

本年も,どうぞよろしくお願いいたします。

商店街が大好きである。そこで働くお店の人達が大好きである。いい商品が安く買えると,とりわけうれしい。

お茶碗を買って,「デパートではこんな値段で買えへんで!」と店主の自慢を聞くのが大好きである。ついでに仕入れ先とか,お店を継ぐことになった経緯とか,色々話をしてくれるのが本当に楽しい。

「向かいのお店の唐揚げが美味しい」とか,「ご主人は朝の4時半から鳥をさばいてはるから間違いない」とか,そんな話を聞いた後に買って食べると,もっと美味しく思えるからありがたい。

工夫して,楽せずに良い商品や食材を安く仕入れて,全然欲張らない値段で提供してくれている。sustainableギリギリの利潤かなと思うが,毎日そこに来てくれる人がいるから続くことができる。

高齢の店主さん達は,お店に来るお客さんに商品を提供するのを張り合いに,毎日健康維持をして頑張っておられる。

「まだまだ頑張るからまた来てな!」と言ってくれると頼もしい。本当に,できるだけ長く続けてほしいと思う。

商店街に続く路地,すでにワクワクする。

この値札,フェイクではない!「ここのトマト食べたら他では買われへんわなあ」と近隣のシニアマダム達がワイワイ話している。

風神雷神に見下ろされながら美味しい珈琲を飲む。

「何で仏像がたくさんあるんですか?」と尋ねると,マスターは「茶を喫する」という行為の人生における重要な意味について語ってくれた。

ついでにスターバックスの悪口も言っておられた。とても興味深い。

近くのショッピングモールに先月スタバがオープンしたことを知っておられるのも,情報通である。

ここは「地獄谷」という秘密の飲み屋街(?)に続く細い細~い路地。みつけるのは難しい。

出町マンが迎える京都の桝形商店街では,いちごを2パック500円にしてくれた(ラッキー!)。

    

京都国際写真展の会場,誉田屋源兵衛さんのお店の,まさに息をのむ青紅葉。

帰り道の商店街は,残念ながら日曜日はお休みのようだった。

 

商店街を歩いていると,利潤追求ということの意味について色々考えてしまう。

思えば戦後の日本企業の躍進は,世の中が必要とする良い商品を作ろうという職人気質と,身を挺して真面目に働く多くの社員がいたからである。

ただ真面目に工夫して働き続けてきた結果,ふたを開けてみたら経済的成功を得ていたのであり,最初から利潤を最大化すべく作戦を練って狙った成果ではないと思う。

ただ,グローバル社会の競争の海に投げ込まれた我々は,それだけでは生きていけなくなってしまった。

次々と目新しい新商品を生み出さなければならず,本当にいいと思うものをシンプルに売りづつけることは,もはや食品でさえ難しくなっている。

利潤追求のためには,人が必要とするものを「思いつく」だけではなく,むしろ作り出さなければならず,ひいては消費者を商品を必要とする人に変えてゆかなければならない。

そして不思議なことに,実際に「もの」を作る人の利潤はどんどん薄くなる一方で,「もの」を思いついたり,「売り方」を思いつく人たちが巨額の富を得るようになった。

格差の出現である。

同時に日本社会の価値観も変わって来た。

思えば私達は,幼少期から「足るを知り」,贅沢を慎む教育を受けてきたし,儲かった自慢が尊敬の的になるようなことはなかったと思う。

しかしながら,グローバル資本主義社会の価値観は全く異なっている。

あくなき利潤の最大化,しかもできるだけ楽に多くの利潤を得る方法の考案,店舗数の拡大,使いきれないほどの巨額の役員報酬,宇宙までの支配しようとする果てしない野望とチャレンジ精神。

そのような価値観を軸に置く世界の企業と競争を強いられる中で,日本企業も必死に変わって来た。

でも,取り残された人達もたくさんいる。それは,価値観の変遷についていけない,あるいはついていきたくないという至極自然な現象だと思う。

日本人の幸福感が下がっているといわれ,私は日々の仕事の中で顕著な傾向だと感じている。

職場のメンタルヘルスの問題も,結局は異なる価値観を強いられて働かされる中で起こる,ある意味自然な反応と言える部分が大きいと思う。

この先のグローバル社会の中で,私達の心身に染み付く価値観をどのように守ってゆくのか,あるいはどのようにして変化を受け入れていくのか,それが幸福感の低下を阻止するヒントだと思う。

高齢化し廃れていくといわれる商店街を,どのようにsustainableなものにし,地域のコミュニケーションと生きがいをどのように守ってゆくかのヒントも,同じところにあると思う。

大好きな商店街とそこに存在する価値をどのようにして守ってゆくか,買物をしながら考える毎日である。

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